ゲームコーナーよんぷら♪

元ゲーム戦士の戯言

「月刊ゲームボーイ 1991年3月号」









「月刊ゲームボーイ 1991年3月号」

この号でも私はまだ関わっていない
(この号は編集部に入ってからバックナンバーで入手したのだ)

まず目を引くのは読者のカラーイラストを掲載した表紙!

なぜ?このような表紙になったのか詳細はわからないが
狙ってやった訳ではなく、恐らく表紙のイラストが確保出来なかったと思われる。
(少なくも自分が在籍していた前後であえてこのような表紙レイアウトにする編集者はいなかったハズ。廃刊間際はかなり滅茶苦茶だったようだが)

雑誌の表紙として今ではあり得ないが
掲載された人は嬉しかった事だろう。

そして背表紙。
初期のゲームボーイの広告(F1レース)が全面を飾っているのに時代を感じる。

1991年…スーパーファミコンが発売された直後だったが、
ファミコンの記事も多かった。

巻頭カラーで
「スーパーチャイニーズ3」
「コナミワイワイワールド2」
「夢ペンギン物語」を紹介

ファミコン…とはいえ、成熟された名作佳作が多く、遊べるゲームが多く発売された。

しかし、世間はスーパーファミコン熱が高く
あまり評価されていなかった気がする。

初期ゲームボーイの記事もカラーページで贅沢に掲載。

モノクロのゲーム画面なのだからモノクロページで記載すれば良いのにそこは大人の事情。

PCエンジンやメガドライブでもアーケード移植、オリジナル含め多数のソフトが発売されていた。

この頃は秋葉原に行ってソフマップや怪しい路上ショップ等のゲーム取り扱い店を巡っているだけでも滅茶苦茶楽しかった記憶がある。

正規の商品はもちろん、物珍しい海外版のゲーム、変な海賊版やグッズなどが入り乱れていて、
地方では味わう事のできないほどの
物量と熱量に興奮しワクワクした。

後の「メイドの秋葉原」を自分は知らないが
家庭用ゲーム機の一番美味しい時期?に東京で暮らせたのはラッキーだった。

そしてこの号から後の読者コーナーの担当となる
「鷹月こうじ」の記事(漫画、イラスト)が見受けられる。

彼は漫画化志望で真夏でもサングラスにロングコートという出で立ち
場所が東京(新宿)でなかったら間違いなく不審者なスタイルで驚いたものだ(苦笑)

編集部以外、私生活での付き合いは無かったが、濃いキャラクターだったので今でも強烈に印象にのこっている。

検索してみたが、後に漫画家としてデビューしたらしく、
単行本1冊は出したみたいだが、その後の消息は不明。
(まぁぶっちゃけ当時見せてもらった漫画は
絵的にも内容的なもイマイチで…ゲフンゲフン)

情報求む!


「月刊ゲームボーイ」ではゲーム以外に
アミューズメント施設や映画、書籍の紹介も(少ないが)あった。

後楽園遊園地のR360等を紹介。


そしてこの「月刊ゲームボーイ」では怪しいゲーム広告が沢山掲載されていたが
そのなかでも群を抜いていたのが
ハッカーインターナショナル!

「AVパチスロ」とか「ボディコンクエストII」とか
オリジナル製作のファミコン用のHソフトを
販売していたメーカーだ。

見開きで女性のヌードと「わたしもしたい」のキャッチフレーズ!
この広告のインパクトたるや。

Hソフト…と、いっても所詮ファミコンなので
グラフィック的には全く期待できないのだが、
それでもエロ目的なら熱意も上がったよね!
当時の健全な青少年なら!!


と、いうことで今回はここまで。



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  1. 2015/05/31(日) 19:42:12|
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